裕仁天皇の昭和史―平成への遺訓-そのとき、なぜそう動いたのか |山本 七平
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裕仁天皇の昭和史―平成への遺訓-そのとき、なぜそう動いたのか山本 七平
祥伝社 刊
発売日 2004-07
価格:¥1,260(税込)
昭和天皇自身の「天皇観」の考察。 2006-04-29
山本七平氏の懇親の力作である。
テーマは、昭和天皇は天皇制をどう考えておられたか?
もちろん、直接陛下自身がこの問題に言及されることはありえないことであり、様々な場面における陛下の言動を通じて検討されている。
私は、昭和天皇の根底には、皇太子時代に留学したイギリスにおける王室の「君臨すれども統治せず」という、旧憲法(大日本帝国憲法)ではなく現憲法(日本国憲法)の「象徴天皇制」に近いお考えが戦前からあったのではないかと思える。
だから、意に沿わない政策でも口を出さなかったのではないか?
ただ、2・26事件で一度だけ大元帥として統帥権を自ら行使された。これ自体は、決して今から見て誤りではなかったが、この事を境に、昭和天皇は更に「君臨すれども統治せず」の自制を働かせる。誰よりもアメリカとの戦争を望まず、明治天皇の御歌を引用されるだけにとどまったのは、立憲君主制での自制であったに違いない。本当は、尤も反対しなければいけないと思いながら、反対できないお立場・・・そして、その意思に反する決定が自らの名前で実施されていくお立場・・・苦痛であったろうとお察しする。
陛下の自制は、終戦の御聖断でもう一度破られるが、これも、正しい「違反」であった。
昭和天皇の時代は、日本における「激動の時代」のいくつかの中でも最大級といえるであろうが、その中で芯を通し、自制し、責任を果たし、ご苦労のうちに崩御された。
20世紀における「名君」であったろうと思う。
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この記事は2006/8/29に作成しました。
